京山幸太 孝子萬兵衛を語る 2020年12月号より
―今回は十三浪曲寄席12月で口演する孝子萬兵衛についてお話を聞かせてください。この演題を覚えたのは幸太さんのデビュー披露公演の時ですよね。
幸:そうすね。2015年ですね。デビュー披露に向けて、せっかくの舞台やし、何のネタをするか師匠と話をした時に、明るいネタがいいし、ちょっと変わったネタの方がええよなとなって。「そういえば!おれが19,20歳の時に入れた孝子萬兵衛ってネタあるわ。でも、あれ長いし、舟を漕ぎながら節もやらなアカンし、まぁお前にはまだできへんのちゃうかな」みたいに言われて…。そう言われたら、めっちゃやりたくなって。覚えたネタですね。
―意地ですね(笑)。師匠も幸太さんと同い年くらいの時に覚えてたのですね。
幸:師匠は先代と営業でいっしょになった時に「福太郎、おれ滅多にやらへん18番やるから録っとけよ」って言って録ったそうです。それ以来、師匠も1回か2回くらいしか見たことないって言ってました。
―その音源めちゃくちゃ聴いてみたいです(笑)。キャリアに多少違いはありますが、同じ年ごろで師匠が出したレコードを聴いてどう思いますか。
幸:そう思うと物凄いですね。今に比べたら声はもちろん細いんですけど、こぶしもあるし。2年目でこれだけできてたのかと思うとめちゃくちゃ驚愕です。
―2年目でレコード出してるって、それだけですごいですもんね。それでは孝子萬兵衛の中身や覚えた当時のことについてお伺いしたいと思います。
孝子萬兵衛って長いし、展開も多いし、幸太さんのネタの中でも異色ですよね。
幸:そうですね。覚えた時はまだ若手の中でも若手やったんで、覚えるだけでも大変でした。節もわかってないんで、丸覚えしないといけないし。
―それに加えて舟を漕ぐなど所作がありますもんね。
幸:そうですね。だから、稽古始めたら実際難しくて、3カ月くらいはそれだけ稽古してました。舟漕ぐのも、着物の腰紐を使って、片側を踏んで、もう片方に扇子を巻き付けて、ピンっと張った状態にして押したり引いたりする練習をしましたね。このやり方は師匠も今の雲月師匠に教えてもらったって言うてました。
あと、こういう動きの中で声がマイクにちゃんと拾われるのかなっていう心配もあったりしました。
―そういう細かいところにまで気を配るのですね。他にも難しいところはありましたか。
幸:長いから登場人物多いんですよね。村人1、村人2も同じ村人でも性格違うんやからもっとメリハリつけて声も変えなアカンんし、役人も二人出てくるんですけど、単純に声色変えたらええってもんでもない。相手に囁きかけるなら、もっと近く、バレへんようにこっそり言うならこの位の声量とか。師匠をもう一人の村人役やと思って、初月姉さんを役人やと思って、初月姉さんに聞こえへんように師匠に話すとか、めちゃくちゃ細かく稽古してもらったんで、この時の経験が他のネタにも生かせてることがいっぱいありますね。
―色んな身分の人も出てくるし、喋り方も会話だったり呼びかけだったり様々ですが、幸太さんの舞台を見てると場面がよく伝わってきます。
幸:師匠からは「ノッペリしてる、メリハリついてへんな。お前に今すぐそれをせいって言ってもできへんけど、おれが敢えて言うのは分かっといたら、いつかできるから。それを意識しながらやれよ。」とずっと言われてましたね。
―余程特別に稽古されてるのですね。
幸:特に稽古したのは「孝子萬兵衛」と「吉良の仁吉 お菊の別れ」とで、この二つは半年以上やらなくてとパッとできますね。昨日も半年以上ぶりにネタ(孝子萬兵衛)をくりましたけど、全然忘れてないんですよね。
―孝子萬兵衛の見どころや聞きどころというとどこになりますか。
幸:場面的には舟を漕ぎながら節をするのが難しいですけど、実は自分が一番グッとくるのは最後の地節で、水戸光圀が堀田上野介を諭す場面ですね。萬兵衛も悪いけどお前はそもそも百姓という言葉の由来を知っているのかというところ、ええ文句やなって思います。節を言いながらグッとくるのは、その時が初めてで、心を込めて言わないと成り立たない節が経験ができたのも勉強になりましたね。それがあったから、その後に「夕立勘五郎」もできたと思いますね。そういうのを腹芸って言うんですけど。
―萬兵衛もその腹芸の一つですか。
幸:萬兵衛を逃がしてやりたいっていう優しさとか、水戸光圀のところとかが腹芸の部分ですね。それが次に夕立勘五郎を覚える時に役立ったというか、いきなり夕立勘五郎やってなくて良かったなという感じです。
―「夕立勘五郎」の難しさや魅力は、幸太さんがよく語られてますもんね。
幸:夕立勘五郎ってめちゃくちゃいい節なんですよ。幸枝節のウレイというか、ウレイじゃないんやけど、ちょっと泣く独特の節で、先代の節が一言で悲しさも粋な感じも表してるんですよね。その部分は自分で節付けをしてたら普通の節付けてしまうやろなって思うんです。だから、勘五郎だけは先代の節のまんまでやってますね。これ以上いい節ができへん気がして。
―演目として完成してるような。
幸:変にいじるより、これをもっとうまくできるようにしようと思うんです。だから、師匠からも節の繋がりは勘五郎が一番マシやって言われるんです。
―それはそれで悔しいですね。
幸:それは仕方ないですね。今は節の繋がりとメリハリ、声が若いのは課題なんで。節の繋がりが悪いっていうのはずっと言われ続けてて、なんとなく分かるんですけど、どうしたら良くなるのか分からなくて。師匠の通りにやらないとできなくて、自分でやると取って付けたような節になってしまうんですよ。先代みたいに鶯童節を使っても、自然に幸枝節に戻っていくとかがまだ出来てないと師匠は言ってるんやと思ってます。間違ってはないけど、もっといい繋がりができるはずやと。「それができたら、俺言うことないけどな」って言われるんですけど、それができないんですよ(笑)。
―教科書に書いてるようなことじゃないし、覚えたらできるものでもないですもんね。
幸:あと、声ももう一回は潰さないといけないと思ってます。
―そうなんですか。
幸:最近、調子を3の3というキーにして、これほとんど女性が使うキーなんです。師匠が「お前はそれでもできる」って言ったんで、やるしかないなとやってます。ただ、むちゃくちゃ声を張るんで、これでずっと小鉄やってたら声も飛ばすと思うし、もう一回声を潰さないとアカンと思ってるんです。仁吉はできたんですけど、先日の一心寺では「会津の小鉄 賀茂の河原」が最後まで持たなくて。声はでるんですけど、息が持たないんですよ。たぶん声に余裕ができたら、息も続くようになると思うんです。今回の十三の孝子萬兵衛も一本上げてやろかなとは思うんですけど。小鉄はまだできないんですよね。
―小鉄の節は別格なんですよね。
幸:別格なんですけど、それができたら、そんな高いキーの男の人って滅多にいなかったので、先代や師匠とも違う珍しい声が作れるかなと思うんです。
―声は浪曲師の顔と言いますか、個性を表す一つでもんね。
幸:そう、それで最近、自分の音を聞き直して、自分の声が細いなって改めて思って。師匠のマネをして柔らかい声を出したりしますけど、やっぱり本当に出来上がった声ではないなと思って。あと一回潰さないとアカンなと思ったんです。声の感じで言うと、全然違うジャンルですが、エレカシの宮本浩次さんとか。あの人は高い声でも太く聞こえるんでけど、今の自分は高いところが細くなってしまうんで、そういう声を目指したいと思いますね。
―高いキーを太く出せるのってカッコいいですよね。
幸:そこをそろそろできるようにならないとと思ってますね。浪曲の声は作っていける部分もあるので、音域を広げるとか声を壊すとかで。だから、もう一回壊して、一本上げた調子でどのネタもやれるようになりたいですね。
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